養蚕は江戸時代中ごろから盛んになり始め、明治時代には日本のシルクの品質の高さから世界に輸出されるようになり、日本の重要な産業となり、養蚕が全国で盛んとなりました。伊具郡(現角田市・丸森町)でも大半の農家が農業とともに養蚕を営んで生活の支えとしていました。養蚕業にとっての天敵はネズミ、そしてネズミの天敵はムカデであり、ムカデは養蚕の守り神であるという存在になりました。福應寺の境内には、毘沙門天像、吉祥天女像、善尼童子の三尊像を祀る毘沙門堂があります。毘沙門堂は正徳4年(1714年)の建立とされ、この毘沙門天の使いがムカデとされています。ムカデは古くは商売繁盛、戦勝など、縁起の良い生きものとされていました。結果、養蚕が上手くいくことを願い、むかでの絵馬を毘沙門堂に奉納するようになり、福應寺のむかでの絵馬館には、約300枚の絵馬が展示されており、収蔵庫には23,000枚以上の絵馬が保管されています。現在それらは国の重要有形民俗文化財に認められ、地域の宝となっています。