日本の機どころの歴史を伝える桐生の財産【桐生新町重要伝統的建造物群保存地区】

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写真提供:ググっとぐんま写真館
桐生は製糸・染織・刺繍など繊維に関する多くの技術を持つ事業所が集積する総合産地であることから「織都」という名前が用いられています。天保3(1833)年に桐生絹市が開始され桐生織物の基礎がつくられ、「西の西陣、東の桐生」と称されるほど、高級品織物を中心に昭和初期まで日本の基幹産業として栄えました。ちなみに、上毛かるたでは「桐生は日本の機どころ」と謳われるほど群馬県民の財産として知れ渡っています。

酒屋や土蔵、ノコギリ屋根の建物が並ぶ

桐生新町伝統的建造物群保存地区は、天正19(1591)年、徳川家康の命を受けて在郷町として発展しました。近代の桐生を代表する産業である絹織物業を中心に発展した町の形態として、江戸後期から昭和初期に建てられた酒屋や土蔵・ノコギリ屋根の工場など、絹織物業に係わる様々な建造物が一体となり、製織町として特色ある歴史的な環境を今日に伝えています。
写真提供:ググっとぐんま写真館
写真提供:ググっとぐんま写真館

桐生織物記念館に立ち寄ってみてはいかがでしょうか

桐生の街の発展の礎となった桐生織物の展示や販売があります。 写真提供:ググっとぐんま写真館
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