約1300年前、現在の茨城県は常陸国と呼ばれていました。広大で海山の幸に恵まれたこの国は全六十余国のうち最上の「大国」とされ、常世の国とも称される憧れの聖地でした。常陸国の中心地である国府があった場所が現在の石岡市です。国府の長官である国司が執務した国衙跡(こくがあと)の遺跡は近年の大規模発掘に伴い国指定史跡に登録されました。日本百名山の一つ「筑波山」、日本第二の湖「霞ヶ浦」の悠々たる美景を同時に望めるこの場所に創建された「総社」が常陸国総社宮です。総社とは、それぞれの律令国に鎮まる八百万の神々を国衙(こくが)近くの一ヶ所に合祀した神社であり、全国で55社が確認されています。常陸国総社宮はJR石岡駅から徒歩10分のところにあります。
和同六年(713)、元明天皇は地方支配を進めるために諸国の状況を報告させる書物「風土記」の編纂(へんさん)を命じました。現在まで伝わる風土記は全国で5つあり、『常陸国風土記』もその1つです。常陸国風土記は東日本に残る唯一の風土記です。『常陸国風土記』には倭武天皇(ヤマトタケルノミコト)の伝説が数多く記されているそうです。常陸国総社宮にはミコトが腰かけたと伝わる聖なる石が現存しています。この聖なる石があるからこそ、境内地としてこの場所が選ばれたと言い伝えられているとのことです。
現在の石岡市は、かつて江戸時代は府中松平藩と呼ばれていました。江戸時代末期、藩主・松平播磨守に仕えた手塚良庵という藩医がいました。世界的な漫画家・手塚治虫先生のご先祖です。良仙・良庵父子が世界的な漫画家・手塚治虫先生の先祖であることが判明しました。ここ常陸国総社宮では手塚先生の代表作『ジャングル大帝』の主人公である白獅子・レオを描いた御朱印帳をお求めいただけます。