1300年以上の歴史と伝統!川面を照らす篝火と鵜匠の技【ぎふ長良川の鵜飼】
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鵜飼とは?
ぎふ長良川の鵜飼の歴史
鵜飼を見せる(魅せる)ことをおもてなしの手法として最初に取り入れたのが、織田信長です。信長の嫡男・信忠と武田信玄の娘・松姫の婚約に伴い、武田信玄の使者である秋山伯耆守が祝儀の贈り物を届けに岐阜の信長のもとを訪ねた際、信長は鵜飼観覧に招待しました。この時、信長は鵜匠を集めて鵜飼を見せるように命じ、秋山伯耆守の乗る船を信長が乗る船と同様にしつらえたり、鵜飼観覧後も捕れた鮎を信長自ら見て、甲府へ届けさせる鮎を選んだりする等、最大限のおもてなしをしたそうです。
その後も、大坂夏の陣からの帰りに岐阜に滞在した徳川家康・秀忠父子が鵜飼を観覧したと伝えられています。その際、食した鮎鮨を気に入ったのか、同年から将軍家への鮎鮨献上が始まりました。同時に、鵜匠には川の自由な航行や、冬に鵜の餌を求めて餌飼(えがい)をすることが認められるなど、さまざまな特権が与えられました。正保3(1646)年、初代尾張藩主徳川義直の鵜飼上覧を皮切りに、歴代尾張藩主による長良川鵜飼の上覧が慣例とされてきました。また、貞享5(1688)年6月、松尾芭蕉が岐阜を訪れた際に、弟子とともに鵜飼を観覧し、その時に詠んだ「おもしろうて やがて悲しき 鵜舟かな」という句があります。
ぎふ長良川の鵜飼は毎年5月11日~10月15日までの期間中、中秋の名月と増水時を除いて毎夜行われます。特に7月中旬から9月中旬までは大変混み合う時期のため、事前に予約しておいた方が安心です。鵜飼のスケジュールや予約方法について等、詳しくは公式ホームページでご確認ください。
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●所在地
岐阜県岐阜市湊町1-2
●アクセス
JR岐阜駅または名鉄岐阜駅から岐阜バス「高富行き」「市内ループ線左回り」など長良橋経由路線で約20分、「長良橋」バス停下車後、徒歩約1分
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