白地に映える青の濃淡 渋草焼 窯元 芳国舎

  • 岐阜(飛騨)
渋草焼イメージ
かつて、江戸幕府の直轄地だった飛騨高山。江戸末期に、「高山陣屋」の飛騨郡代・豊田藤之進が、地元発展のために新たな産業を興すことを機に、「渋草」という地名の場所に公の製陶所を開窯(かいよう)させました。磁器に必要な原料は、地元飛騨神岡町の良質な陶石『渋草陶石』を使用。尾張の瀬戸、加賀の九谷から職人を招き、陶磁器の製作を始めました。
明治になってからは、勝海舟より『芳国社(舎)』と命名。職人たちが代々伝統技術を受け継ぎ、現在に至っています。瀬戸、九谷、有田などの手法を学び、芳国社(舎)としてパリ万国博覧会はじめ各国の万国博等に製品を出品しています。
渋草調といわれる呉須(ごす)を基調とした青白な磁器製品からは、原料の厳選、独自に調合した釉薬・絵具を使うことにより、職人の手作り・手描きによる独自の美しさが醸し出されています。飛騨高山へ旅行の際は、代々受け継がれる伝統の「渋草焼」に触れてみてはいかがでしょうか。一目見たら買いたくなる美しさです。
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