日本遺産(Japan Heritage)認定、贅を凝らした山車を見に行こう【高岡御車山会館】

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御車山(画像提供:(公社)とやま観光推進機構)

高岡御車山祭(たかおかみくるまやままつり)ってどんなお祭り?

毎年5月1日に行われる高岡關野神社(たかおかせきのじんじゃ)の春季例祭。富山県内で最も古く歴史ある山車祭りです。御車山(みくるまやま)と呼ばれる7基の山車がお囃子とともに高岡の旧市街を巡行します。神輿と一緒に曳廻され、絢爛豪華な7基の御車山が一堂に会する光景は圧巻です。会館ではこの高岡御車山を通年展示しています。

御車山(みくるまやま)の始まりは?

お祭りの主役である高岡御車山は1588年、豊臣秀吉が御陽成天皇を聚楽第(京都に建てた政庁兼邸宅の平城)に行幸を仰いだ時に使用した御所車を前田利家が拝領したもの。二代目藩主前田利長が1609年に高岡城を築く際、町民に与えたのが始まりと言い伝えられています。

御車山ってどんな山車?

高岡御車山会館 展示物(御車山てっぺん飾りと車輪)
安土桃山文化の面影を残す優雅な装飾は、江戸時代の名工たちの手により豪華な金具が備えられ、漆工・染織等の優れた工芸技術の装飾がほどこされています。御車山は御所車形式に鉾を立てたもので、京都祇園の祭礼にならって鋒山に改造されました。山町(やまちょう)と呼ばれる10の町が手を加えながら代々受け継いで保有しています。

山町(やまちょう)ってどこのこと?

山町(10町)と保有している御車山
前田利長公が高岡城築城した際に周囲に配置された武家屋敷から西に一段下がり、碁盤の目状に町割りされた中心の地区のこと。通町(とおりまち)御馬出町(おんまだしまち)守山町(もりやままち)木舟町(きふねまち)小馬出町(こんまだしまち)源平町(げんぺいちょう)三番町(さんばんまち)一番町(いちばんまち)二番町(にばんまち)坂下町(さかしたまち)の10町が「山町」と呼ばれています。

山町は10町、御車山はどうして7基なの?

7基の御車山(ミニチュア)
「山町」の内、通町・御馬出町・守山町・木舟町・小馬出町・二番町は1町で1基の山車(やま)を保有し、一番町・三番町・源平町の3町は「一番街通」(いちばんまちどおり)の山車を共有しています。また坂下町は山車ではなく、御車山を先導する獅子頭・源太夫(げんだい)獅子を保有しています。

高岡御車山会館

平成の御車山(祭りには出ません)
平成の御車山上部(大きさから迫力が伝わります)
格式ある高岡の金工・漆工・染色等の装飾を間近で見て楽しめる会館。高岡御車山は国の重要有形民俗文化財・無形民俗文化財の両方に指定されており、日本遺産(Japan Heritage)として歴史的魅力や伝統が認められています。2016年にはユネスコ無形文化遺産に登録されました。
二代藩主が築城した高岡城は元和の一国一城令によって廃城となり、家臣は金沢へ引き上げましたが、三代藩主・前田利常公は高岡の産業振興に力を注ぎ、加賀藩では金沢に次ぐ商工業都市として発展しました。「山町」の町民たちはその経済発展を担うとともに、華麗な御車山を伝承しています。高岡御車山会館で高岡町民の心意気と財力に支えられた優れた工芸技術を体感してみませんか?
高岡御車山会館ホームページ
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