長岡市民のパワースポット【蒼柴神社】
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長岡市民の心のよりどころ
不思議な力で守られています
1868年の戊辰戦争時も光格天皇の勅額によって焼失回避、1945年の長岡空襲時も焼夷弾により周辺施設は焼失するも社殿は焼失回避、2004年の中越地震でも鳥居や灯篭がほぼ全て倒壊する中社殿の倒壊は免れるなど、不思議な力に守られているとしか思えない社殿ですが2006年には国の登録有形文化財にも指定されています。
人気マンガのゆかりの地
そんな不思議な力で守られている蒼柴神社は、幕末に暗躍した剣客が、維新後に流浪人として全国を旅しながら新たな時代での生き方を模索する姿を描き、人気少年雑誌に1994年~1999年まで連載されていた人気マンガのゆかりの地としてファンの間で知られ、御朱印目当てに参拝に訪れる人もいます。作者が長岡市の出身で作品内には新潟県の地名を思わせる登場人物も多数登場!この神社を含む周辺が『蒼柴の森』と呼ばれていることに由来しているキャラクターもいます。また境内には長岡藩家老、河井継之助らを祭った招魂社があり、河井継之助をモデルにした映画も2022年公開予定!招魂社をお参りする方も増えています。
3代藩主牧野忠辰公が愛した忠犬”しろ”
忠犬しろとは
忠犬しろとは3代藩主牧野忠辰公が譲り受けた大きく勇敢な白い犬(秋田犬と思われる)で、参勤交代で江戸に赴くときも主人の籠を追い、殿様はことのほか喜び”しろ”をたいそう可愛がりました。ところがある時、江戸の牧野家屋敷の前を尾張候の大きな唐犬が通りかかり”しろ”に襲い掛かりました。それまでじっと耐えていた”しろ”は勇敢に反撃し唐犬を追っ払います。しかし時は生類憐みの令が発布された前後の5代綱吉の世。犬のケンカといっても、相手は将軍家の親戚にあたる尾張候の犬。殿様は”しろ”に「こんなことをするようでは、江戸の屋敷には置いておくわけにはゆかぬ」ときつく叱りました。”しろ”は大好きな殿様に国元に帰るよう命じられたと思い、参勤交代で通った道をとぼとぼと長岡に向かいます。江戸から約76里(300㎞)離れた長岡に着いた”しろ”は元の飼い主である中沢村の善兵衛の家に行きましたが「殿様に差し上げたのだから、殿様の許しがなければ家には入れないのだよ」と城に帰るように諭されます。しかし”しろ”は城には戻らず少し離れた丘で、数日間悲しく泣いていました。まもなく江戸から”しろ”が戻っていないかと問い合わせが城や善兵衛に届きました。江戸での経緯を聞いた善兵衛は、数日前に鳴き声のした方向を探すと、小高い丘の上ですでに息絶えていました。
大好きな殿様といつまでも一緒に
善兵衛は、はるばる江戸から戻ってきた”しろ”を哀れに思い、亡くなった丘に塚を築き手厚く葬ったと言われています。悠久山に向かう途中にある『白狗(しろいぬ)の塚』がその塚だと言われています。それからおよそ100年後の天明元年に忠辰公は蒼柴神社に祀られることになり、この塚とは目と鼻の先に移ってきました。そして時を経て2018年に長岡藩開府400年であった事から、長岡の歴史を後世に伝えるために3代藩主・牧野忠辰公につかえた忠犬”しろ”を祀り『しろ神社』は建てられました。今日も”しろ”は大好きな殿様と悠久山を駆け回っているのでしょう。
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●所在地
新潟県長岡市悠久町707
●アクセス
上越新幹線長岡駅➞東口バス乗り場(悠久山線)➞悠久山バス停留所より徒歩7分
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