プロジェクト立ち上げ時の車掌指導担当が語る【海里】

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「のってたのしい列車」とはJR東日本が運行している、乗っている間に楽しい体験やサービスが受けられる、ちょっと特別な列車です。今回はその中から「海里」をご紹介します!

「海里」とは主に週末、新潟県と山形県の海岸沿いを繋ぐ白新線・羽越本線(新潟駅~酒田駅間)を走る列車です。この列車で楽しめるのは、古くから多くの料亭で栄えた新潟の食と四季折々の豊かな食材を使用した庄内の食、そして海と里がつくり出す絶景。

そんな「海里」の魅力を知っていただき、より楽しんでご乗車いただきたい!ということで、今回は「海里」プロジェクト立ち上げ時に車掌指導担当をされた池田さんにお話を伺いました。

読めば乗務員の活躍を見に「海里」に乗りたくなってしまう内容になっています。ぜひお楽しみください。
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目次

■「海里プロジェクト」に携わるまでの経緯とは
・「海里プロジェクト」は立候補制?!

■乗務員の仕事
・そもそも運転士と車掌の仕事の違いは?
・駅員から始まりステップアップ

■「海里」を初めて見た時から、運行までの道のり
・内装をブルーシートで覆われた「海里」の試運転
・「海里」の試運転は暑さとの闘い

■「海里」の車掌マニュアル
・「海里」のコンセプトに込められた想い
・アテンダントと車掌の連携

■車内でのアナウンス業務
・「新鮮な焼き魚」「よく漬かった浅漬け」ってどんな状態?

■「海里」プロジェクトならではの苦労したこと

■2019年10月5日 「海里」運行開始

■「海里」乗務員になるための試験
・「海里」の思わぬ効果

■池田さんの「海里」おすすめポイント


■最後に

「海里プロジェクト」に携わるまでの経緯とは

池田さん

私は2012年に新潟運輸区に着任し、そこから6年ほど車掌をしていました。
2018年7月から車掌の指導担当という立場になり、新潟運輸区の乗務員に対して運転取扱い・営業制度・接遇サービス等について指導教育を行う業務を担っておりました。

2019年3月頃「海里」プロジェクトチームを立ち上げるということで、車掌指導担当の通常業務を行いつつ、「海里」プロジェクトの業務も担当するようになりました。主に車掌の業務全般マニュアルや車内放送文の作成に携わりました。

「海里」プロジェクトは立候補制?!

車体には大きな海里のロゴ
「海里」の運行開始以前、新潟~酒田間には「きらきらうえつ」という列車が約18年間運行していました。「きらきらうえつ」は景観や、車内の設備などを楽しんでいただくコンセプトで運行しており、乗務員は主に新潟運輸区が担当していました。その「きらきらうえつ」の後継として「海里」という列車がデビューすると聞きました。
新しい観光列車の立ち上げは経験したことのない業務です。「これは大変そうだな」と思いつつも、非常にやりがいはありそうでしたので、プロジェクトメンバーに立候補いたしました。プロジェクトは立候補制で、他のメンバーも希望者が選ばれていましたね。

乗務員の仕事

そもそも運転士と車掌の仕事の違いは?

運転席の様子
運転士は列車の一番先頭に乗車しています。前方監視しつつブレーキをかけたり、速度を上げたり、定められた位置に停める等、運転操縦を担当するのが運転士です。車掌は列車の最後部に乗車しており、駅進入・進出時の側面監視、お客さまが乗り降りする列車のドアの開け閉めを行います。他には放送マイクでの案内や車内巡回、切符の発売等の仕事を担っています。

駅員から始まりステップアップ

新潟駅での見送り
新入社員がいきなり車掌や運転士になることは、ほぼありません。最初は駅に配属されて駅員になり、改札口での案内・ホームの立番・みどりの窓口での切符の発売等を行います。駅で経験を積んだ後は車掌になり、その後車掌から運転士になるというのが一般的な流れとなります。駅員から車掌を経験せずに運転士になる場合もありますし、駅以外の職場(車両センター等)から車掌になるパターンもあります。運転士から車掌になる稀なケースもありますが、多くの場合、駅員⇒車掌⇒運転士という順番でステップアップしていきます。

私は車掌業務を続け、新規乗務員のOJTを経験後、指導担当に任命されました。

「海里」を初めて見た時から、運行までの道のり

内装をブルーシートで覆われた「海里」の試運転

海里が入線する様子
実際の車両を初めて見たのは2019年7月頃だったと思います。外装は完成していたのですが、内装は作製途中で、まだブルーシートで覆われているような状態でした。完成形が見えていれば、「ここに頭をぶつけそうだから危ない」「この部分は放送で紹介しよう」といったアイデアも次々と出てくると思うのですが、まだ作製途中だったためイメージが掴みにくく、そういったアイデアもなかなか出にくかったです。
車両の機器マニュアル等も作成する必要がありましたが、まだ完成していないため作成に着手することができませんでした。内装が完成したのは9月に入った頃だったと思います。運行開始まで1カ月を切っていたので、何だか慌ただしかったのを覚えていますね。

近郊区間での短距離の試運転が始まったのは8月中旬頃で、実際に運行する新潟駅~酒田駅間の試運転が開始されたのは9月に入ってからでした。運行開始が近づくと様々なものが完成し、煮詰まってきます。それに伴って作成するものも多く、見直すべきことも多々出てきました。

「海里」の試運転は暑さとの闘い

8月の試運転で初めて乗務員室に乗った際、真夏にも関わらず乗務員室の冷房の効きが悪かったのは辛かったですね。ポケットに入れていた業務用の携帯電話が水没するんじゃないかと心配するほど汗をかきました(笑)
冷房送風口の構造や機器設定などが最初は少し調整不足だったようですが、暑くて暑くてこれは厳しいな、と思いました。風呂上りみたいな汗だくの状態でお客さまの前に出るわけにいかないですからね。車両担当者に相談して改善を依頼し、なんとか運行開始までに改善していただきました。

「海里」の車掌マニュアル

海里の車掌
マニュアルには心構え・身だしなみ・所作・持ち物・営業取り扱い・列車の設備や機器の操作方、車内巡回のタイミングの目安、放送文などが記載されております。

マニュアルを作成した後、乗務員に対してただ「これを読んでおいてね」と言うだけでは、我々プロジェクトメンバーの想いをしっかり伝えきれないと感じていました。そのため、プロジェクトメンバーの発意で乗務員に対して事前勉強会を開催しました。勉強会では、マニュアルに記載されている内容を詳しく説明し、放送や分離礼等の実演を行いました。対面式でしっかり説明したり実演させたりすることは、丁寧に取り組めた部分だと思います。こういった取り組みを行う事で、プロジェクトメンバーだけでなく、「海里」の全乗務員で想いを統一できたと思います。

「海里」のコンセプトに込められた想い

料理はアテンダントから提供される
プロジェクトメンバーは「海里」をコンセプトから熟知しておく必要があります。営業部が料亭へのインタビューに行かれると聞き、同行させていただきました。「一〆」「鍋茶屋」「行形亭」3箇所のインタビューすべてに同行し、質問させていただく機会もいただけました。「実際に乗務する運転士や車掌はどうあるべきですか」と質問したところ、料亭の方からは「あなたたちはうちの従業員と同じだと思ってお客さまに接してほしい」と御助言をいただきました。料亭の方にどんなに素晴らしい御食事をご用意していただいても、車内の乗務員が雰囲気にそぐわないような振る舞い・身だしなみをしていたら台無しになります。伝統ある料亭の方々からの言葉、新潟の食に対する真剣な想いを聞けて、身が引き締まる思いがしました。

料亭の方からお話を伺うことでコンセプトを本質から理解できました。「海里」の乗務員はこうあるべきだ、ということをプロジェクトメンバーでしっかりと認識することができました。プロジェクトメンバー以外の「海里」乗務員に水平展開するのも大事だと捉え、報告掲示などで随時、職場内の共有を行いました。
4号車ダイニングで提供されるお食事(一例)
新潟駅~酒田駅間での試運転の際、アテンダントのオペレーション訓練もあり、実際に料理を積み込んで提供するまでの流れも行われました。「海里」プロジェクトメンバーが食事を提供する4号車にお客さま役として乗車し、お客さま目線で説明を受けるという体験もしました。その際初めて料理をいただきましたが、とても美味しかったです。お客さまから料理についてお問い合わせがあったとしても、自信をもってご案内できるようになりました。自分が食べたことがないと乗務員に「海里」の食事について教えることもできないので、非常に良い体験をさせていただけました。

アテンダントと車掌の連携

売店では記念グッズやお菓子など販売
アテンダントの方々は接客のプロですので、我々から何かお願いするようなことは特にありませんでした。ただ、車掌は車内を巡回しますし、アテンダントも主に4号車内を動き周ります。「海里」プロジェクトからは車掌マニュアルをアテンダントの方々に共有し、アテンダントの方々からは準備にかかる時間や配膳のタイミングなどを情報提供していただきました。情報交換を密に行う事で、お互いの動きが重ならないように配慮しあいました。

アテンダントの方々は売店営業や食事提供をしていますし、車掌は車内温度確認やお客さまへのご案内のために車内を巡回しております。役割は分業されていましたが、お客さまから見ればどちらも海里のクルーであることに変わりありません。自分の担当分野ではないお問い合わせを受けた際にも、憶測で回答しないことや、別の者に聞いてください等とお客さまをたらい回しにするような事はしないよう心掛けました。

車内でのアナウンス業務

車掌によるアナウンス
アナウンスはおすすめスポットをただ紹介するのではなく、その土地土地の食文化や歴史・背景などを取り入れるとお客さまに喜んでいただけるのではないかという話が出ました。お客さま目線に立ち、新潟・庄内の食と景観を楽しんでいただくことを目的に作りました。
プロジェクトメンバーはJR東日本の他の「のってたのしい列車」は乗った経験はありましたが、放送やおもてなしについてもっと知見を広げたいとの声が挙がり、他の鉄道会社のリゾート列車に視察へ行ったりもしました。

ちなみに「海里」プロジェクトメンバーは「きらきらうえつ」にも乗務していました。個人的見解になりますが、「きらきらうえつ」で育んだ放送やスキルは今も「海里」の中に残っていると感じています。コンセプトは違いますが、「きらきらうえつ」の伝統で積み重ねてきたものが脈々と受け継がれ、今の「海里」にも活きているんじゃないかと思っています。

「新鮮な焼き魚」「よく漬かった浅漬け」ってどんな状態?

新鮮な焼き魚?もある料理(一例)
放送文を作る時には、色んなトラブルもありました。より良いものを作ろうと改善を重ねていくわけですが、考え込んで悩み過ぎているうちにだんだん訳がわからなくなってしまうんですよね。例えば「新鮮な焼き魚」「よく漬かっている浅漬け」というフレーズを提案してくれたメンバーがいました。完全に間違った日本語ではないかもしれませんが、何か違和感あるなと引っかかりますよね。新鮮って生ものに使われている言葉だから、焼き魚に新鮮ってあまり聞かないよね。浅いのか深いのか矛盾してしまっているよね。ということでボツになりました。悩みぬいてひねり出してくれたんですが、ひねり過ぎてちょっとおかしなフレーズが生まれてしまったということで印象に残っていますね。そんなトラブルを乗り越えて作成した放送文はなかなか好評のようで、たまにお褒めをいただくこともあると伺っていますので、大変嬉しく思っています。


放送は当然アドリブで話す場合もあります。例えば新発田駅には保育園が併設されていて、発車時に園児の方々が手を振ってお見送りしてくれることがあるんですよ。そういった時は「進行方向左手をどうぞご覧ください」等と咄嗟にアナウンスしたりします。
しかし、気をつけなければならないこともあります。例えば、雨が降っているとアドリブで「本日はあいにくの天気ですが~」という放送をしがちになると思います。しかし、「雨」に対してあいにくと言ってしまうと、雨が悪者みたいな感じになってしまいますよね。農家の方にとって雨は恵みの雨と言われているぐらい作物を育てるためには必要なものです。そういった表現をしてしまうと、もし農家の方がご乗車されていたらあまり良くないよね、と話がでました。乗っている方全てに満足していただけるように、食や景観の表現には気を付けようとしていました。

「海里」プロジェクトならではの苦労したこと

新潟運輸区で「海里」プロジェクトが立ち上がった時には、「きらきらうえつ」ラストランのプロジェクトも立ち上がっていました。同時に二つの大きなプロジェクトが立ち上がっていたので、本当に盆と正月が一緒に来たような状態でした。私は「海里」だけでなく指導担当として「きらきらうえつ」にも携わることもあり、毎日慌ただしかったですが、職場全体で活気もありましたね。

プロジェクトには付き物だと思いますが、理想と現実のギャップはありました。当時の「海里」プロジェクトメンバーは12名ほどいましたが、一人1個アイデアを出して実現させようという目標がありました。「車内に音楽を流したい」「放送文を作らず全部アドリブでやりたい」「乗り心地の良い運転を追求したい」「四季島車掌区と同じようにホテルで研修を受けてみたい」など、最初はみんな夢を語るんですよね。しかし、当然自分達がやりたいと思ったことが全て実現できるわけではありませんし、折り合いがつかず泣く泣く断念したこともありました。そこは苦労した部分でしたし、時には挫けそうになりましたね。

今では良い思い出ですが、メンバー間でぶつかりあったこともありました。各々が真剣にやっているが故に時には白熱し衝突もしましたが、何度も議論を重ねて最適解を模索し、最終的には同じ方向を向いてプロジェクトを進めることが出来ました。熱い想いを持ったメンバーの集まりだったと思います。

2019年10月5日 「海里」運行開始

出発時には安全を願って銅鑼が鳴り響く
私は運行開始当日、様々なトラブルに備えて新潟駅~酒田駅の間の往復を「海里」に添乗しました。仕事をしてきた中で一番緊張し、心臓とか目とか色んなものが飛び出そうになっていましたね。新潟駅で式典が行われ、本当に沢山の方に手を振られながら「海里」が華々しく新潟駅を出発しました。その瞬間は、胸が熱くなり涙が出そうになるぐらい感動しました。あの光景は目に焼き付いており、忘れることは出来ないと思います。多くの方に支えられて「海里」が無事に運行でき、とても嬉しかったです。ゴールではなくてスタートの段階で泣きそうになっていたのは恥ずかしいですけどね(笑)JR東日本新潟支社・新潟運輸区一体となり、大きな目標に向かって協力して達成できたプロジェクトで、現在の私のJR人生の中で一番充実した仕事だったと思います。

「海里」乗務員になるための試験

「海里」乗務員専用バッチ
「海里」で乗務するためには区内の試験に合格する必要があります。年に一回募集があり、応募書類と面接で「海里」乗務員としての資質があるか選考されます。合格となった暁には、マニュアルをもとにレクチャーを受け、実際の列車で一度OJT教育を受け、晴れて一人前の「海里」乗務員となります。今でも毎年多くの方がチャレンジして、新しい「海里」乗務員が次々とデビューしていっております。

また、「海里」乗務員は専用の制服を着用しているのですが、「海里」バッチを付けています。これはモチベーションアップにつながるアイテムが欲しいということで、「海里プロジェクト」から提案したところ、JR東日本新潟支社から承認していただけました。「海里」乗務員は常日頃から「海里」乗務員であるいうことを意識して行動する為、実は普段の制服を着用している時にもバッチをつけています。

「海里」の思わぬ効果

「海里」乗務を経験したことにより、「海里」以外の普段の乗務でも所作が綺麗になったり、放送がうまくなったりした車掌がいました。「海里」で意識していることが普段の乗務にも活き、サービススキルが向上したのだと思います。「海里」にはこういった良い波及効果もあるんだな、と感じました。

池田さんの「海里」おすすめポイント

珍しい運転士によるアナウンス
「海里」の醍醐味は、やはり食と景観です。四季折々の美味しい食事と、「笹川流れ」での観光徐行が最大の魅力だと思いますので、ぜひ期待して来ていただけたらと思います。

他には、下り列車では桑川駅、上り列車では鶴岡駅の発車前に運転士が放送しています。車掌が乗車しているにも関わらず運転士が放送するのは結構珍しいと思います。車掌・運転士の垣根を取り払い、運転士も接遇サービスに関わりたいとのアイデアにより行っている取り組みです。車掌・運転士の放送にも注目していただけたら幸いです。

最後に

池田さん 海里の模型とともに
コロナ禍により運休していた困難な時期もありましたが、海里は順調に運行し続けています。「海里」プロジェクトは4年が経過し、メンバーも大きく変わりましたが、今も新しい企画にチャレンジし続けています。皆さまの「海里」へのご乗車を心よりお待ちしております。

個人的な話になりますが、実は仕事でしか「海里」に乗ったことがなく、異動して現場を離れてからは中々添乗にも行けていません。いつか仕事ではなくプライベートでゆっくり乗りに行きたいですね。

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今後も「海里」の魅力に迫った記事や、他の「のってたのしい列車」に関する記事の掲載も予定しています。ぜひお楽しみに!

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海里の魅力をより深く!

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